1年に1回くらいはサイトのことを書く

PC030312 1年に1回くらいはサイトのことを書く
師走ですしめずらしくサイトのことでも書こうかと思い、何を書こうかなと思っています。
サイトに関することを書くのは、このサイト内でも、私にとってはたいへん稀なことなので、きっとこれはレア記事だなと思いました。が、普段話さないだけに、何を書くか思いつきません。
私がこのサイトについてどう思っているか書きましょう。

このサイトでやりたかったこと

このサイトは、有料のレンタルサーバーをかりて、独自ドメインを取得して運営することにしました。2007年から運営していて、主に利用しているサイト管理システムは、Movable Type(MTOS)です。見た目が同じでWordPressを使っているところもあります。
MTで管理している記事数は、下書きを含めなければ、総記事数2500記事くらい。
このサイトでは、私が2007年にやりたかったことは、ほぼできたと思っています。
・有料レンタルサーバーをかりる
・独自ドメインで自分のサイトを作る
・Movable Typeを使ったサイトを構築する
・WordPressを使ったサイトを構築する
・更新してみる
サイトの目標は当時「サイトを続ける」だったので、
現在も更新していることからその目標も達成できていると思いました。
サイトのトラブルで焦ったのは、サーバーが止まったことです。私のミスで。
MT×さくらで、特定の条件を満たすと、ファイル名で落とし穴があって、それが原因で503がでました。今の気がかりは、MTがまれに500だしていることです。
キャッシュがたまっていたので綺麗にすると快適に。
私は、当初サイトを作りたいという動機でサイトを作りはじめたので、個人で運営していく場合、サイトを運営するためのコンテンツがないので困りました。
サイトを作りたい >>>> 情報発信
こんな感じで作り始めたサイトです。
通常サイトを制作する場合、
サイトを作りたい <<<< 情報発信
こういう感じになりますよね。
私はサイトだけではなく、色んなものを自分で作ってみるとどうなるのか?というのをやるのが好きです。作るのは好きなので、サイトを作り始めたときも「作りたい!」という気持ちがとても強かったと思います。
<このサイトでお世話になってるとこ>
サーバー ⇒ さくらのレンタルサーバ
ドメイン ⇒ ムームードメイン

Twitterが楽しかった

私は、ネットで検索したりしながらサイトをモクモクとひとりで作っていました。
あまりブログは読まなかったのですが、何かがきっかけで個人ブログを読むようになりました。
サイトを作るために参考にしていたのかもしれません。色んなブログを読んでいたので、当時情報発信をしていたブロガーやサイト運営者の存在はなんとなく把握していました。
そんなある日、私が知っているサイトを作っている人たちがリアルタイムでしゃべりだした!
それが、Twitterでございました。これには、おどろいた。そして楽しいな~と思いました。
だんだんTwitterが流行りはじめ、情報発信していた人だけではなく、きっと私と同じようにサイトを見ているだけだった人もオシャベリをはじめ、不思議なことになったなあとしみじみ思ったことが記憶に残っています。
今までひとりでモクモクとサイトを作っていた時、あまり見えていなかった人の存在感が見えたような気がしたのでございます。Twitter以降、たえまないおしゃべりを微笑ましい気持ちで見ながら、サイトを更新するようになりました。
<Twitterアカウント>
もかり(mokari)のTwitter

サイトは反応がなくて当たり前から

私はサイトで情報発信しても、誰かがこっそり見てこっそりどこかにいくもので、人の気配はあれど反応はないもので、アクセス数があっても無反応なのは当たり前だよね。と、思っていました。サイトを運営することはひとりの静かな世界の出来事でございます。
こんなことを言うのは少々恥ずかしいのですが、実際に面と向かって「サイトに書いてた○○って・・・」と言われたり、インターネット上のことを日常生活の会話で話されることが苦痛な時期がありました。私にはなぜか理解できない現象だったのです。
このズレを埋めるのには時間がかかりましたが、ある時、初めてお会いした方に「サイト見てますよ」と言われたとき、「へへ、ありがとうございます(..◜ᴗ◝..)」と言えた時、少し克服したような気がしました。今でもやや恥ずかしいですが、素直に喜べるようになっています。
このサイトには、コメント機能や、ソーシャルボタンがあるりますでしょう?
苦悩を克服するまで、反応があることのほうが耐えられない時期がありました。
今では ( 」´0`)」みんな「いいね!」押してね~!くらいオープンなキモチになりました。
そして、そういった反応に素直に喜べるような、サイト運営者に成長しています。

どこまで書けるようになるであろうか

私がサイトを作る動機は「サイトを作りたい」というものであり、それは並々ならぬ努力で実現しつつあります。そして目標であった「サイトを続ける」ということは、まだ叶わないことが出来るようになるまで諦めないという気持ちの表れでもありました。
それは、数年で実現しないであろうことを自分でも気づいていたのです。
私は、文章を書くことが好きですが、本当に書きたいことは書けていません。
ただ書いているだけでは、それは叶わないことでございます。
そして、このサイトではそれが不可能であると思ったことがあり、やめてしまおうと思ったことがあります。でも、それはこのサイトだからというわけではありませんでした。
私がやろうとしていることは、私の大好きな坂口安吾の言葉をかりると、こういうことではないかと思っています。

 私はたゞ、私自身として、生きたいだけだ。
 私は風景の中で安息したいとは思はない。又、安息し得ない人間である。私はたゞ人間を愛す。私を愛す。私の愛するものを愛す。徹頭徹尾、愛す。そして、私は私自身を発見しなければならないやうに、私の愛するものを発見しなければならないので、私は堕ちつゞけ、そして、私は書きつゞけるであらう。神よ。わが青春を愛する心の死に至るまで衰へざらんことを。
坂口安吾 デカダン文学論より

まだまだ、何かが遠いところに見えます。
でも、見えなかったものがうっすらと見えただけでも、仲々どうして、大したものだと思ふのです。Peste!

公開日:2012年12月14日
更新日:

この記事を書いた人・サイト運営者
もかり もかり(
30代、京都在住の娘2人の母。人柄が「昆布みたい」と大絶賛されたことがあるハンサムとお笑いとお寿司と自然と動物が好きなオカンです。⇒プロフィールはこちら

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